諸行無常マンの変化ブログ

完璧主義者だった人間がモノゴトヒトを捨てたり手放したりして変化した記録

人生は何時からでもやり直せるので「後悔するという事」を手放そう。

人生に疲れてる人、見てくれてますか?

 

見てくれてありがとうございます。

 

ぶっちゃけ僕みたいプータロー的な人間がこんなこと書いても、説得力ないかもしれませんが、

 

まぁ見てくれて、それで何か一つでも

「うわぁ、最高だぜひーはー」って画面の前で独り言をつぶやいてくれてたら嬉しいです。

 

てことで、人生はいつからでもやり直せます。

 

というタイトルつけたけど、まぁ綺麗ごとです。

 

これをもっとカッコイイ言葉に言い換えると、

 

「今が一番、若い」

「今からやれば、明日当たるかもしれない」

 

的な感じです。かっこいいと思わなかった人は読者登録してくださいね。

 

で、本題です。

 

人生疲れたら、まずどうしますか?

 

ぼくなら、とにかくyoutube観ますね。あと読書しまくります。あと散歩とか。

 

あとは、うーん。

 

お金があるならとりあえずTinderとか出会い系アプリで女の子と出会おうと挑戦しますね。はい。

 

ぶっちゃけ、やり直せるというより、また始めればいいだけです。

 

は?と思った人は読者登録しないでください。

 

要するに、好きにいればいいじゃんって思います。

 

「後悔」って、たまにしちゃうじゃないですか。

あんなことしなきゃよかったかなーとか、あの時の俺のセリフだせーわろたハハハみたいな。

 

でもまぁ、それって戻らないんですよね。

 

そしてその過去にやらかしてしまった自分を見てた人達は、正直、忘れています。

 

忘れてるというか、ほかの事や自分のことで人生いっぱいだと思います。

 

なぜなら、その人たちも「うわぁ、後悔だぁ、あの時のおれださせえwww」って独り言言ってると思うんですよね。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

あとはシンプルにその人はその人の関係者や仕事、出会いに集中してると思います。

 

となると、後悔してても、それはただの想い出の復習なだけで、特に意味はありません。

 

じゃあ、どうすりゃいいんだろうね。

 

そうです、答えです。

 

そうです。「さっさとやりたい事やれ」という事になります。

 

やりたい事ってのは、夢や希望や、現実的なこと、目の前の事をやれってことです。

 

今ぼくも、こうして言いながら、このブログを執筆してるわけですね、夜にpcでカタカタしてるわけですよ。

 

これ、やりたいことです。

 

なんかブログ書きたいし、文字入力してたいし、pcのタイピング好きだし、なんか集中力を増すトレーニングにもなるし。

 

だから、書いてます。

 

これをやってるだけで、とりあえず今はブログのことを考えたり、それこそこれを読んでくれてる人がどんな人か0.1%くらい考えて書いています。

 

基本的には、だれかのためってより、過去の自分に宛てて書いてるような感覚です。でもだれかのためになれば、それはそれで幸せですね。

 

よく、僕のブログとかも手放そうとかそういう話してますよね。

 

それはモノ、コト、人間関係とか、そういう事に対して言ってますが、

 

実は思考とか習慣とかも手放そうって意味も含まれています。

 

その中の後悔とかも手放そうって話です。

 

手放すのは簡単じゃないですよね。わかります。

 

だからこうして文字にしてみてます。

 

手放すというのは、忘れることではなくて、受け入れたりすることでもあります。

 

例えば、過去に

「変なタイミングでかっこつけてしまった俺」というのが存在します。

 

それは、人々や関係者の記憶には0.1%くらい残ってますよね。

 

でも、それは過去であり、なおかつその関係者はもう既にその同じ状況じゃなくて、ほかの事に集中したりしていると思います。

 

つまり、もはやだれでも気にしていない。

 

気にしてるのは、だれだ。そう、自分自身だ。

 

そしたらもう選択肢は限られてる。

 

1、過去のおれださすぎわろたwww

 

2.あんなときもあったな、またかっこよくなっちまたぜ

 

っていう感じでもはや意味不明な解答の選択肢が出てきます。

 

どちらを選ぶかは、あなた次第です。そしてそれはどちらも次への扉なわけです。

 

つまりはね、人は後悔しても、たぶん一生そうやって過去思い出しちゃうから、

 

また過去がでてきたら、わろたwwwって感じで受け入れるしかないのです。

 

今から関係者全員に会って、

「あの時のおれ、どうだった!?」

「あの時実はさ、こういうことがあってさ、それでさ、こういう話でさ」

っていちいち語ろうとしませんよね。

 

むしろその関係者からすれば、

「え?そげなことあっだんが?」

「え、というかアンタだれ?」

という事になってるかも。

 

という事はつまり、一人でわろたってしてれば、とりあえずOKです。

 

そして最後になりますが、

 

結局、人は最後死にます。

 

つまり、後悔とかしてても、死にます。そしてお葬式にはある意味そういう無駄な関係者とかは来ないです。

 

つまり、死ぬときに「無駄な関係」に対して、想像しないと思います。

 

思い出すのは、

「あの時、あれやればよかったな」

「あそこ行ってみたかったな」

「あの人やこの人に会いたかったな」

的な感じで、

 

自分の好きなモノや、コト、ヒトに対して意識をしてると思います。

 

わざわざ嫌な人のことを思い出すより、今を生きることや、周りの人たちに感謝してると思います。

 

だから、そのマインドです。

 

好きな事をすればいいし、好きな人と会えばいいし、好きなものを買えばいい。

 

君は君だし、俺は俺です。

 

人生はいつでもスタート可能です。

 

ぼくもこうして今日、今、ブログを書きましたので、スタートですよね。同じです。

 

今日から部屋で腕立てをすれば、スタートですよね。

 

だから、今からできること、やれること、やりたいことをどんどんやっていこう。

 

はい、てことでおしまい。

 

ふわっとしてるような文章でまじ意味不だと思うんですけど、まぁ健康にいこうぜって話ですね。

 

ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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